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保和殿では科挙の最終試験である殿試が行われ、皇帝が直接受験者に対して面接を行い、トップの3人を選び出した。最も成績の良いものは壮元、2番目は傍眼、3番目は探花と呼ばれ宮廷の高級官僚に起用された。
科挙制度は漢の時代に始まり、孔子の学問を学んだ人達を大臣や高級官僚に選任するために厳正に行われたが、その後縁故による選定などで制度が乱れた。
唐の時代に入り、科挙制度が再度厳正に行われたが、3日3晩に亘り行われた試験の厳正さに受験者の中では疲労で死ぬものが出る程であった。
科挙の試験は、地方で行われた郷試(秀才の中から挙人が選ばれた)、中央で行われた会試(挙人の中から進士が選ばれた)とこの保和殿で行われた殿試に分けられる。
(本頁内容は「The Sights of Beijin」、China Travel &Tourism Press発行、Zhu Qixin教授著者より)
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