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薬研坂を下って道なりに右折すると三分坂の急な坂になる。(昔この急な坂を上る際に駕籠かきが3分余計に料金を要求したことからこの名前が付けられたとの説明がある)。
写真が雷電為右衛門のお墓のある報土寺。雷電為右衛門は大関(当時の最高位)であった33場所の間に250勝、10敗の業績を残した。(港区教育委員会)
このお寺の築地塀(ついじべい)は1780年頃に造られたもので、土を突き固め、上に屋根をかけた土塀で、宮殿、社寺、邸宅に用いられる。塀のなかに瓦を横に並べて入れた土塀を練塀と言う。(現地掲示より)
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