徳川将軍家墓所全体、
徳川将軍家第2代秀忠(ひでただ)、第6代家宣(いえのぶ)、第7代家継(いえつぐ)、第9代家重(いえしげ)、第12代家慶(いえよし)、第14代家茂(いえもち)以外に皇女和宮(かずのみや)、家光の母、綱吉の母桂昌院(けいしょういん)が合葬。
徳川家宣(いえのぶ)
徳川綱重の長男、若い頃には綱豊と名乗った。綱吉に世継がいなかった為に、第6代将軍となる。綱吉の生類憐みの令を廃止。新井白石などを重用。
参考:根津神社、5代将軍徳川綱吉は兄綱重の子・綱豊を養嗣子と定めた時その氏神たる当神社の御神恩に感謝しこの邸地に当時の名工をすぐって世に天下普請と称せられる壮大な造営を行い、今に残る華麗な社殿、神門などを奉建。(根津神社つつじ苑の記より、抜粋)
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